認知症が治ったこと

レビー小体型認知症が完治するまで①

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私が介護という言葉を始めて意識したのは、10年ほど前に母が「レビー小体型認知症」と診断されたことに始まります。気丈で何があっても落ち込んだり悩んだりしない母の、今まで見たことがないような言動と見た目の変化に戸惑いながらも、それまで感じたことがなかった母への思いや、完治するまでの日々を書き綴っていきたいと思います。

 レビー小体型認知症とは、老年期に認知症を呈する病気の一つで、変性性(脳の神経細胞が原因不明に減少する病態)の認知症では、アルツハイマー型認知症についで多い病気です。高齢者の認知症の約20%を占めています。早い方では40歳ころから発症する人もいます。

 記憶障害を中心とした認知症と、動作が遅くなり転びやすくなるパーキンソン症状、繰り返す幻視がみられます。しかし、患者自身には病気であるという認識がありません。男性の方が女性の約2倍発症しやすく、他の認知症と比べて進行が早いのが特徴です。

健康長寿ネットより

症状の始まり

それは仕事へ出かけようと玄関で準備をしているときに、2階から大きな音が聞こえたので慌てて上がってみると、母がコタツの天板の上に仰向けに倒れたことからでした。

その時に母は「大丈夫、ちょっと足がもつれただけだから」って言っていたので、念のため今日はゆっくり寝ていたほうがいいよと言って仕事に行くことにしました。

見たことのない異変

それから2~3日が過ぎた日に仕事から帰ってきてリビングにいくと、いつものように母が晩御飯の用意をしてくれていましたが、床には卵の中身だけが2個落ちていています。

これ何?って聞いてもニコニコしているだけで、あきらかにいつもの母とは違う様子がしましたが、落ちた卵を掃除して晩御飯を食べながら見守ることにします。

それからも見たことがないような料理を作ったり、小物入れの棚を毎日整理してみては「あの〇〇、どこへ入れたか分からないの」と言って一日中探し物をする日もあり、明らかにいつもと違う母の行動に違和感を感じていきます。

異様な行動

この段階でも自分の中では「認知症」という概念はまったく頭の中に浮かんできませんでしたし、母が認知症になるわけないとの思いのほうが強かったのですが、その異様な行動は日増しに変化していくことになります。

  • 玄関で着替えを持って「銭湯に行きましょ」
  • 真っ黒にこげた料理
  • 食卓に並べられた大量の写真
  • 裁縫箱から物の出し入れを繰り返す

それでも、トイレや風呂に至っては全く問題なく出来ているので、それほど深刻な感じはなく過ごしていました。

幻覚と妄想

これはおかしいと最初に思った異変が「幻覚と妄想」です。ある日の夕食時に私の肩後方に目線をやり

  • 「後ろにいるのは誰?」

最初は冗談かなにかと思いましたが、何が見えるの?って聞いてみると

  • 「40歳くらいの人が、ずっと私を見ている」

さすがに、これにはゾクッっとしましたが、ここでようやく尋常じゃないという思いがこみ上げてくることになります。

そして、普段は余程のことがない限り仕事中には連絡してこない母が私の携帯に電話してきて

  • 「家に泥棒が入ったから警察が来てますお金は取られていないけど、帰ってこれる?」

電話を切った後、仕事場に事情を説明して帰宅することにしましたが、冷静に考えてみると母親より先に警察から連絡があってもよいはず・・・もう一度、家に電話してみて警察の人に代わってと言ってみたところ電話を切られました。結局、家について見たことろ何事もなかったようで、ここで母の妄想だということが分かりました。

これで認知症という言葉を意識して、医療機関に行くことを決めます。

もの忘れ外来での診察

とりあえず、かかりつけの小さなクリニックへ行き、すぐに総合病院への紹介状を書いてもらい診察時間などを調べて、その週末の土曜日に行くことにします。

診察は「脳神経内科」というところですが、初診では母に世間話をした後、簡単な記憶力テスト行います。そのスコアによって医師が判断するようですが、母の場合は100点中30点でした。ただ、母の口からは「こんな簡単なことをやらせてバカにしてるんじゃないの?たぶん100点だと思うわよ」と返ってきますが、今から考えると典型的な認知症の症状だったと思います。

その日は薬などの処方はなく、様子を見て2週間後にまた来てくださいとのことでした。

MRI検査

その後、私は仕事には行っていましたが、日増しに幻覚の症状がひどくなってきたので診察日に医師に相談すると、MRI検査をしてみることになり予約をして帰ります。

ただMRI検査当日に母が「なぜそんな検査しなくてはいけないの?」と何度も聞いてきたり、自分はどこも悪くないと不機嫌な中、何とか検査をしてもらいました。

そして、検査結果はやはり脳の一部が委縮していことがわかり、軽度ですが「レビー小体型認知症」であるという結果を知らされます。病院からは心の落ち着く薬を処方してもらい、2週間おきに通院することで、しばらく様子を見ることにしました。

Sho’s
Sho’s

ここで初めて母が認知症だということを自覚します。

デイサービス(デイケア)

元々は認知症の症状が出る前に要支援1の介護認定をもらっていましたので、ケアマネージャーの勧めでデイサービス(デイケア)へ行ってみることにします。

最初は見学ということで、利用者が10人前後の小さな施設を紹介してもらいました。母には見学だけで実際には来ないということを説明していましたが、案の定見終わったあとには「私は来ないわよ」と言い、「なぜ私が来る必要があるの?こういうところに来るのはまだまだ先の話でしょ?」という感じです。

母には、要支援1だと週一回程度しか来れないし、気分転換で来てみたら?ということで、そんなのはありませんが「お試し利用」って名目で通ってもらうことになりました。

ただ、通い始めると楽しくなってきたようで、送迎もあり3回目くらいには喜んで行ってくれるようになりました。

そして、施設のほうから母の様子を書いたものを毎回もらうのですが、今まで出来ていたことが難しくなってきたようなことも書いてあり、それは自宅でも同じで、いよいよ自分の仕事にも影響がでるのではと感じ始めたところです。

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